青井柚季
乱痴気騒ぎは終わりにしよう。もはや私たちには争うべきテーマが残っていない。
これまで9月12日の接見や討論会開催、メールやX(Twitter)の返信など、私たちの側が対話を拒否してきたような印象を与えてきたのは事実だろう。しかし、私たちに対話に応じる余地がなかったわけでは決してなく、これまで、この闘争をせめて思想的に有意義なものとできるように努力してきた。私たちが見出そうとした意義とは以下のようなものだが、残念なことに、いずれもこの期間中の外山氏の言動における論理的矛盾という形で問題が解消されてしまった。
一つ、性的加害性の転倒。本件はどのように解釈しても、市民社会の論理においては私(青井柚季:775りす)が被害者であり、外山氏が加害者となる。そうした市民社会の論理を克服するため、私たちにはこのような図式を転倒させる必要があった。被害者意識によるキャンセルカルチャーといった手法に対する反感が、もともと私たちと外山氏を結びつけていた価値観だったと考える。しかしそうではなかったことが明らかになった。
外山氏の思想的立場はそもそも、被害者意識に基づかないことを志すものではなく、むしろ「当事者的な被害者意識」をもって運動に従事すること(『政治活動入門』)だという。これは明白にルサンチマン、奴隷道徳であり、私たちの考えとは相容れない。また、「当事者性」は当事者以外の参画を阻み、近代的個人主義、すなわち孤独な運動に終始せざるを得ない。
私たちの立場は明確に加害者意識による能動的な運動を志向する。「誰かに〇〇されたから、〇〇する」のような論理ではなく、「私が〇〇したい」といった内発性を重視したい。それは「悪人になる」ということである。外山氏の最新のnote(『青井柚季(775りす)の私への疑似恋愛感情』)によれば、「青井は決して無垢で善良な人間ではなく、むしろ狡猾で卑劣で計算高い、性根の腐った根っからの極悪人である」とのことだから、この点に論争が発生する余地はない。
二つ、界隈主義の終焉。外山氏によれば、今回の対立は「下世話な恋愛沙汰」などではなく、「界隈の乗っ取り」が問題だという。これ自体、すでに個人的感情を政治的問題に転嫁させるものでしかないが、私たちはあえてそれに応じ、界隈主義に対する党派主義の優越を掲げることにした。
そもそも、界隈主義とは何か。「界隈」は昨今よく使われる言葉だが、その集団形成には線引きがない。あらゆる人々が数珠繋ぎで繋がっていて、そのすべてを「内」の構成員と見做すことも、見做さないこともできてしまう。そこには境界がなく、対立がすべて人間関係の問題に回収される。界隈においては「みんな違ってみんな良い」のだ。無論、その大同小異性は界隈主義の利点ではある。
今回の「闘争」において、外山氏はそのコミュニティ内の意見の相違や帰属意識の差を考慮せず、あくまで「界隈」は自分のものであるかのように扱おうとした。それは「界隈」に対して党派主義を適用しようとすることである。たしかに外山氏はこれまで界隈主義を掲げたり、「界隈」を運動主体として捉えたりはしていなかった。しかし、「界隈」以外に勢力を持たない氏が党派主義に対抗するには、「界隈」を党派主義的に使役するしかない。現実には外山氏の意向に従う者はほとんどおらず、氏は自分の意見にそぐわない者のアカウントのブロックを繰り返した。
「外山界隈」の衰退は不可逆なものに思える。もちろん私たちはこうした「界隈」の決定的崩壊までは望んでおらず、それは外山氏自身の振る舞いによって引き起こされたものだ。今後は「界隈」的なものに基づく運動は困難になっていくだろうから、党派主義及び党派間の「闘争」によって思想を先鋭化させ、運動を継続していかなければならないと私たちは考える。冬の時代がやって来る。
三つ、病気/正気の相対化。もはや誰の目に見ても明らかなことだが、外山氏は病気である。病気であることは悪いことではないし、その判断は極めて恣意的だ。そのため、外山氏による私(青井柚季:775りす)の「病気」の分析(『開戦宣言(未遂)』)を受けて、こちらも病気である可能性は常に否定しなかった。
私たちはそこで氏を「病気」と一蹴するのではなく、あくまでも思想的対立に昇華することを試みた。私は「正気」だと切断線を引くよりも、「病気と病気の論争」を成立させることを目指した。正気/病気の線引きによって病人を排除することは、21世紀的現在からの思想的退行に過ぎないからだ。そもそも専門家でない者が病気か病気でないかを議論すること自体、現在的病理に他ならないように思われる。
外山氏は側から見て相対的に健康な私(青井柚季:775りす)を「病気」、明らかに「メサコン」的症状(775りすを「治療」できるのは私しかいない)を露呈している外山氏自身を「正気」とする奇妙な立場を取る。現在に至っては、「病気を治療するために責任主体として扱う」と言いながら、私に対し「活動からの全面撤退と休息」を要求するダブルスタンダードを犯している。
既に、この「病気」という言葉には単なる罵倒以上の意味はなくなっている。私たちの主張する「病気/正気という水掛け論の無意味さ」は明らかであり、これ以上外山氏との論争の中でこの問題意識が深化する可能性を見出すことはできない。
実はこの数日、名古屋弁証法研究会の栗田氏の仲介のもと、かねてより仄めかされていた公開討論会が、ついに開催される方向で話が進んでいた。11月11日の打ち合わせで私たちは討論会を内諾し、翌12日に栗田氏より外山氏へとその旨が伝えられた。
しかしそのわずか3日後、15日に外山氏より公開されたnote(『青井柚季(775りす)の父親への手紙』)では実家攻撃のエスカレートが示唆され、その翌16日のnote(『青井柚季(775りす)の私への疑似恋愛感情』)では私に対するまったく事実無根の人格攻撃が行われた。この状態では討論の相手としての最低限の信頼関係すら形成できないと考え、私たちは栗田氏に討論会の中止を要請、討論会は結局中止される運びとなった。
討論会中止の判断に至ったのは主に二つの理由からだ。一つは前述の通り、もはや私たちにとって討論によって争うべきテーマが残っていないからだ。そしてもう一つは、外山氏の現在の言動はあまりに支離滅裂であり、討論の相手として相応しくないと判断されるからだ。
例えば、氏は「問題の本質は色恋沙汰やストーカー行為などではなく乗っ取り問題」だという。それならば、討論会開催決定の矢先に『青井柚季(775りす)の私への疑似恋愛感情』なる下劣な文章を公開するのはまったくの背理のように思われる。同じような「スキャンダル攻撃」は私たちの結社のメンバーである真槻梓への「アウティング」行為によっても行われており、討論会に向け真面目に思想的批判を用意している私たちに対する梯子外しを繰り返してきた。
これについて、いくらかの聴衆の人々からすれば、私たち陰核派が「スキャンダル攻撃」をしているように見えていたかもしれない。しかし、実際はそうではない。これまで、私たちはずっと「ストーカー」や「片想い」などということを批判点としてこなかった。それらをしている者はX(Twitter)の野次馬、リベラル左翼・ポリコレ勢力、外山アンチといった集団であって、私たちではない。
そして、こうした状況を招いたのもまた外山氏自身なのである。私はこのような論点が主題化しないよう、1年以上の間、外山氏が自らそれを語るまで、氏にしつこいアプローチを受けている事実を秘匿してきたし、またその点を大っぴらに批判してきたこともなかった。今年の3月ごろまでは陰核派メンバーの大半にすらこの事実を伝えていなかった。外山氏自身が『開戦宣言(未遂)』にて好意があった事実を自ら暴露したにも関わらず、その結果として下世話な連中の嘲笑に晒されたことを私たちに責任転嫁するのは馬鹿げている。
このことは9月12日の接見(私たちは歓迎していないにも関わらず、氏が勝手に来訪しただけだが)についても言える。当日、我々団の山本氏は「野次馬は下がってろ」と声を張り上げたが、あの場に野次馬を呼び寄せたのは誰だろうか。私たちが関係するのは陰核派のメンバーと早稲田ナショナリズム研究会、ネオ幕府の面々だが、彼らはいずれも駅前アジトにもともと参加していたいち参加者に過ぎず、あの場に対して全員が当事者だ。
たしかに私は12日に向けて陰核派のメンバーを招集したけれども、それは外山氏が私に対する批判を「陰核派を潰す」という形に展開させたからだろう。そして、それ以外の野次馬は外山氏がX(Twitter)上であれほど騒ぎ立てていなければあの場に来るはずもなかったに違いない。映像作家の早川氏に関しても、私は呼んでいない。もう一度問うけれども、駅前アジトに野次馬を大量に呼び寄せたのは誰なのか。私たちからすればあの来訪は迷惑千万である。
9月12日の接見については、さらに不可解な点が残る。「病気」の人間と対話をしにきたことの不可解さは、既に多くの人々によって指摘されているところだ。彼のいう「病気」とはなんだろうか。それは私の9月7日の一連の投稿に対して言及されたものだが、私はこの一連の投稿に対する反論をずっと待ってきた。前述した「界隈主義の終焉」という問題意識である。
党派を組むことをそもそも怠っている外山氏は、いかに陰核派が理念に乏しい団体であったとしても、その内実を批判できる立場にないということだ。学対氏をいつでも「切れる」という発言は、まさしく党派のような組織一般にはその外部との線引きが必要だという主張に他ならないわけだが、この回答が「病気」では話にならない。
それにも増して不可解なのは、先方の主張する「手打ち」論だ。勝手に「開戦宣言」を未遂としておきながら、その後再度開戦を宣言するなど、先方の言動は常に自己満足的で一貫性がない。そもそも「戦争」とはなんなのか。実名シールを貼る嫌がらせか、実家に対する攻撃か、警察への通報か。それともX(Twitter)上で悪口を散布することか。あまりにも下らないだろう。ファシストのくせに「戦争」という言葉が軽いのではないか。
9月12日に「手打ち」をしに来たという外山氏の主張も同様に、極めて一方的である。9月6日に外山氏から送られてきたメール『降伏勧告』(後日なんらかの形で公開)に対し、9月7日の返信で、私たちはこちらの飲める条件と飲めない条件とを提示し、明確に交渉に応じる、いわば「手打ち」の姿勢を見せた。外山氏はそれを自ら蹴った上でX(Twitter)上にそれを晒しあげ、その応酬ののち、自ら「開戦宣言」を取りやめたのである。
それ以上に、一体どんな「手打ち」があり得るのか。氏は引き続き目的不明(曰く「話がしたい」)のまま駅前アジトに来ると主張し続けたが、私は別にコミュニケーションの成立しない相手と話がしたくなかったし、来ないで欲しかった。そのことは仲介役の真槻梓から伝達済みである。「開戦回避」して駅前アジトに現れた外山氏はぎこちなくリュックからカンペを取り出し、要領を得ない発言(「キミは病気だよ」)をして去っていった。
9月12日に外山氏は何をするべきだったのか。それは正面から、ことの発端である私の「カス」「真珠湾攻撃」投稿を批判しに来ることではなかったのか。たしかにこの発言を私の全面的瑕疵とすることには説得力がある。そこから初めて、この騒動がいかにして始まったのか、その原因究明もなされるはずではなかったのか。私はその議論の結論によっては謝罪の用意もあると伝えていた。もっとも、もはやそれも期待できないようだから、これらの発言の意図については別途こちらから公開する。
顧みれば、そもそも陰核派主催で討論会を企画していたとき、それを受けるつもりはないと突っぱねたのは外山氏であった。以来、陰核派は常に駅前アジト等へのゲバルトも含めた襲撃の可能性を考慮し、対策してきた。しかし外山氏は名古屋の交流会の直後、勝手に謎の納得をして「開戦」を未遂とした(要は体のいい敵前逃亡)のである(交流会では外山氏の勝利目標に照らして勝つ見込みがないと説得されたとも聞く)。
その後日、またしても急に外山氏のほうから名古屋弁証法研究会に討論会を引き受ける旨が通達された。それ以来、外山氏は「戦争」と「討論」のロジックを誹謗中傷と衝突回避のために使い分けてきている。陰核派は11月11日に名古屋弁証法研究会の強い説得を受けて公開討論会を内諾したのだが、それを伝えた直後にもかかわらず、それを受けた外山氏は逆に中傷のボルテージを上げ、実家攻撃にまで及んでいる。これでは、たとえ討論会となっても、「討論」の名のもとに下劣な誹謗中傷が繰り返されるだけだろう。
そもそも、外山氏の主張する討論会の目的はなんなのか。陰核派が討論会の名を借りた「嘲笑」を行おうとする様を晒し上げることが目的だと主張している。こんな相手と一体いかなる討論が可能なのか。私たちは外山氏の対話可能性を、少なくとも討論会を提案した時点では買い被りすぎていたのかもしれない。そもそも陰核派が「嘲笑」する計画だったというのはまったく事実無根である(このような事実がないことについては陰核派の真槻梓、弁研の栗田氏、我々団の山本氏のあいだで確認している)。
だが、むしろ外山氏こそが正面からの「討論」に怯えて逃げ、「討論」の名を借りて卑劣な誹謗中傷をしようとしているのではないか。最新のnote(『青井柚季(775りす)の私への疑似恋愛感情』)を読めばそう思われても仕方がないのではないか。討論を受けたにもかかわらず、このような下劣な文章を投稿する下衆を、陰核派は対話の相手とするつもりはない。
今後、私たちは外山恒一氏を政治的闘争の相手とは見做さない。従って必要に応じて警察を利用することにも躊躇するつもりはない(先方が先に警察を利用し始めている以上、これは不可避だろう)し、対話の経路も用意しない。もはやこの「闘争」の内容はあまりに陳腐で、議論するに耐えない。これからは、自分たちのやるべきことをやろう。
